インタビュー

戸越銀座商店街を支援している株式会社U-Design竹地さん

2014年3月26日 nakakouge


togoshi


こんにちは。フリーペーパー『ココカラ』編集長の中高下(なかこうげ)です。
街や地域の魅力アップに取り組んでいる方とのお話を記事にして公開していきます。今回は、『ココカラ』の配布エリアでもある戸越銀座商店街で、ホームページの運営やイベント運営など様々な支援を行っている、株式会社U-Design(ユーデザイン)専務取締役の竹地直記さんにお話をうかがいました。

検索エンジンで「商店街」と検索してみてください。個別の商店街では戸越銀座商店街がトップに表示されるはずです。どのようにして、トップ検索に表示される商店街になったかなど、興味深いお話もたくさんお聴きすることができました。

 

 

–まずは、ユーデザイン社の設立経緯を教えていただけますか?–

ユーデザインの代表と僕は、もともと明治大学の大学院で街づくりに関する研究をしていました。そこで、大学で研究してきたテーマをビジネスモデルとして社会還元できないか、という話になり、当初は環境創世研究所という、いわゆる委託研究を受けるための機関を立ち上げました。その後、明治大学が作ったインキュベーションセンターを利用して、2007年に株式会社U-Designを起業したんです。

[株式会社U-Design 専務取締役 竹地直記さん]



–戸越銀座商店街とは、どのようなきっかけでおつきあいが始まったのですか?–

まだ私たちが関わる前のことですが、戸越銀座商店街は2000年頃、経済産業省のモデル商店街になりました。当時としてはたいへん珍しかった屋外用のWi-Fiのアンテナが研究目的で設置され、ホームページが作られて、ユビキタス商店街という名前が付けられていました。

ただ、そのWi-Fiの装置を何に使っていたかとか、そういうことは一般の人には全く公開されていません。プロジェクトが終わったら、装置を取り外して持って帰ってしまったので、結局商店街には、ホームページとユビキタス商店街という名前だけが残ったのです。ユビキタス商店街=戸越銀座という図式は出来上がっていたんですが、ユビキタス商店街って一体何をやってるんですかと訊かれても、商店街側からは何も答えられない状況になっていたんです。

そんなときに3年ほど、住民調査や将来的な計画などに関わっていた我々のところに、商店街の理事さんたちから「ホームページが塩漬けになってしまっていてどうしようもないのでなんとかしたい。ホームページの制作を、きちんとした会社に頼むと100万・200万という費用がかかる。だから、とても作り替えられないんだけど何とかならないか?」と相談をうけたのです。当時、僕はWEBはもちろん本業ではないし、趣味レベルでしかやったことがなかったんですが、「そういうことなら協力しよう」と、ものすごい破格で作り直したんです。当時出てきたばかりのWordPressを使って、いろいろ試行錯誤しながらブログ的なホームページを作りました。

そのホームページの管理が我々にとって最初のまちづくりのソフト事業だったと思います。運営をし始めたら、一般のお客さんや、いろんな所から問い合わせが来るようになったことから、これは効果的な情報発信のツールだと感じましたね。

また、そのころ商店街さんから言われたのは、「商店街の広告代理店になってくれ」ということでした。「とにかく商店街は、売り込むのがすごく下手なんだ」と。
そういう経緯から、広告戦略を立てて、ホームページと印刷物をきちんと用意して商店街のPR活動を実践するようになりました。

とはいえ、商店街の理事さんたちには認められていても、商店街の会員さん(個店主さん)たちの信頼を得られるようになるまでは大変でした。今では僕達のことを知ってくれている店主さんたちも、最初の頃はなにやら商店街に出入りして、商店街のおカネを巻き上げてる怪しいヤツ、みたいに思われてたんです。
しかし、1回だけではなく、何年もの間、継続的にご支援をしていく過程で、だんだんと「どうやらあいつらは商店街のために何かをやってくれているようだな」と思ってもらえたようです。

 

–戸越銀座商店街は、メディアでもたくさん取り上げられる有名な商店街です。いつからこのように有名になったのでしょう?–

戸越銀座商店街のひとつ、銀六商店街理事長の亀井さんという方が、1999年くらいから「とごしぎんざブランド」を立ち上げて、ケーブルテレビやいろいろな媒体を利用して宣伝を始めました。それは当時としてはすごく先進的な取り組みで、経済産業省に取り上げられたりもしたんです。

同時に、戸越銀座という名前をとにかく有名にするために、メディアをひたすら受け入れました。それまでは商店街に取材を申し込みたくても、メディアの方が「どこに聞いていいのかわからない」かったり、理事会も商売に直結すると思わないために面倒臭がってちゃんと対応しないケースが多かったんです。

そのかわり、「必ず戸越銀座の看板を背景に入れてくれ」、「取材協力戸越銀座っていうテロップを入れてくれ」と、メディアに要求しました。受け入れ体制を整備し、商店街の紹介資料を用意し、継続的に積極的に受け入れて行く過程で、メディアの人たちに「戸越銀座だったら簡単に撮影できる」ということの認知が広まり、商店街を使ったロケで頻繁に利用されるようになりました。それで、視聴者の方に、「またあの商店街が出てるな」という刷り込みをすることができた。これは亀井さんの成した一番大きな功績だったと思います。

テレビや雑誌などのメディアはすごくきれいに絵を撮ってくれるじゃないですか。
戸越銀座はコロッケが有名ですけど、ぶっちゃけ、他の商店街で食べるコロッケだって、きっと負けないくらいおいしいんですよ。でも、戸越銀座では、コロッケをすごくおいしそうに食べるタレントさんがいて、その様子を魅力的に撮ってくれるカメラマンがいるわけです。このようにして戸越銀座商店街という名前はずいぶん売れていたわけです。

次に僕たちがやり始めたのは、銀ちゃん(戸越銀次郎)というキャラクターでした。
当時「わくわく委員会」という商店街の若手の集まりがあって、なにかキャラクターものを作りたいねという話になりました。
ゆるキャラ論」という本も書いている藤野さん(犬山秋彦さん)が、たまたま大崎に住んでいて、自衛隊をやめて、キャラクターをデザインしたりしていた、そこで彼がなんか手伝えないかと持ち込んだのが銀ちゃんだったんです。

藤野さん(犬山秋彦さん)は、着ぐるみキャラクターを大変よく研究されていて、デザインにも論理的な考えをお持ちでした。キャラクターのデザインには、集まってくれたお客さんと握手ができるとか、狭いところで活動できるとか、移動ができるような構造をしているべきだとか。その藤野さん(犬山秋彦さん)のおかげで銀ちゃんという優れたキャラクターを生み出すことができたわけです。

でも、当時銀ちゃんは、「商店街の若手の着ぐるみオタクたちが作ったモノ」という位置づけで、商店街全体には全く受け入れられていませんでした。

そこで僕たちは、メディアが取材に来た時に、どんどん登場させて一緒に写すことにしました。印刷物やフラッグにも、必ず「とごしぎんざ」のロゴと、銀ちゃんを登場させて、戸越銀座商店街全体のキャラクターとして、戸越銀次郎が受け入れられるようにしていったんです。

[戸越銀座商店街のキャラクター「銀ちゃんこと戸越銀次郎」]

 

–商店街の情報発信についてお聞きします。戸越銀座商店街は、検索エンジン対策にも力をいれているように見受けられますね?–

確かに、検索サイトで「商店街」で検索すると、戸越銀座商店街がトップに出るようになっています。しかし、トップ表示を狙ったわけではなく、結果的にそうなったという感じです。戸越銀座のホームページを見てほしかったので、商店街からのお知らせをいろいろなウェブメディアに案内する際、必ずホームページのアドレスは書くようにしました。特に地域のイベント情報を載せてくれるメディア、例えば「とくらく」(運営:東急電鉄)みたいなサイトには必ずリンクを張ってもらうようにしました。

戸越銀座商店街の露出が多いのは、我々が商店街を紹介するホームページや紹介資料、写真素材などを整理して持っているからなんです。例えば雑誌社だって、なるべく手をかけずに誌面を作りたいわけですよ。そうなると、例えばホームページを参照してリサーチできたり、写真や文章を依頼したら、すぐ送ってくれる商店街のほうがうれしいわけです。だから、きちんとそういうものを準備しておく。例えば銀ちゃんのイラストやロゴも、使いたいと言われたらイラストレータ(デザインソフト)のデータで渡せるようにしてあります。そういうきめ細かい用意ができる環境を作ったおかげで、メディアに露出することができているといえます。

普通の企業なら広告費を出さなきゃ、なかなかテレビで流れるなんてことはない。でも商店街なら向こうから取材に来て、夕方のニュース番組とかで、結構な時間を使って放送してくれるわけじゃないですか。だったら、取材に来てもらえるような情報、向こうがほしがるようなものを常に提供してあげればいいんです。

だから、例えば印刷物とか地図も、安っぽい白黒のコピーみたいのじゃなくて、ちゃんとカラーで質感のよいものを作る。メディアの方々が取材に来た時に、きちんとしたものを手渡す。それだけでも商店街に対する印象はかなり違ってくると思うんです。

戸越銀座のホームページをやってみてわかったんですが、商店街を訪れた皆さんがどんどんブログを書いてくれるんですよ。だから、僕らはそれを読んで、お客さんの不満とか、良かった点とかをいくらでも拾える。それはものすごく貴重な意見なんですよ。

例えば、「戸越銀座に行ったら、昔ながらのお肉屋さんで売ってたコロッケがおいしかった」という声が幾つもありました。そこで、これは商店街の資源なんだから活用しましょうよ、ということで「戸越銀座コロッケ」の企画を思いついたんです。それを体系化してみたらどうですか、とか、変わり種を作ってくれるお店を探しましょう、みたいな感じでやっていったら、わりと参加してくれるお店もあって、おでんコロッケやフォアグラコロッケも出来て、すごく面白くなってきた。
メディアに「こんど戸越銀座を取材したいんですけど、なんかおすすめありますか?」と訊かれた時に、ちょうどコロッケやってますよ、といえるし、商店街や街が良くなってくると、その良さをお客さんが自分から情報発信してくれる。街をもっと好きになって、誇りに思って、自分の街を宣伝してくれるんです。

 

–現在取り組まれている情報発信の方法があったら教えてください。–

2014年の末に、電線の地中化が完成する予定になっています。
街路灯も、マルチメディア街路灯という上と下にハコが付いているものになります。そこには電源を増設したり、LANの装置を入れて通線ができるような仕組みになっているんですね。
商店街としても、そこに何を取り付けるかはまだ決まっていなくて、検討している段階なんですが、それも結局インフラを整えるところまでしか考えてないんですよね。本来なら、発信するコンテンツを同時に考えていかなきゃいけない。
でも商店街はどこもそうなんですけど、コンテンツを発信する能力が弱いんです。

先日、都内にある公衆無線LANをやっている商店街に行ってみたんですが、無線LANにつないで「旬のお店情報」というボタンを押しても、「現在発信している情報はありません」と出るんですよ。その地域の無線LANの事業は全国的にもすごく有名な事業なのに、発信している情報はなんにもない。

戸越銀座もそのようになっちゃうと問題があるので、やっぱり商店街の皆さんでスキルを上げて、日々情報を発信できるようになる必要があります。

このような背景も踏まえた上で、最近僕らが始めたのが「tab」(株式会社tabが提供するお出かけアプリ)を使った情報発信です。

「tab」の良い点は、スマートフォンを使って、手軽に情報を発信できることです。そして、投稿された写真が位置情報を持っているという点なんです。
街路灯のマルチメディア化を考えたときに、街路灯ごとに別々の情報を流せる、というのがありました。戸越銀座は全長1.3Kmもある縦に長い商店街なので、「来街者のいる場所に応じて、その近くの有益な情報を流す」というのをやりたかったのです。
「tab」を使うと「あなたの興味ある情報が今ここにありますよ」と通知されるサービスがすごくマッチしたんですよ。狙っていることに近いことができつつあります。
また、これも重要なのですが、個店さんの「tab」を使った情報発信のトレーニングを行いました。「tab」の使い方はもちろんなのですが、スマートフォンやSNSが普及した今の時代に追いつくための情報発信の考え方の勉強の意味合いも強いです。このトレーニングは、継続的にやって行きたいですね。

同時に「123MAPS」(株式会社らしくが提供する表計算ソフトを利用したホームページ制作システム)を採用しました。個店さんの基本情報はこれまでEXCELで管理していたのですが、ホームページ用にはサーバー上にデーベースを用意して、中身は同じデータなのですが、別々に管理していました。123MAPSを使うことで、表計算ソフトのデータのみをメンテナンスすると、ホームページの個店さんの情報も変更できるのがとても効率的です。
それと、個店さんが「tab」で投稿したコンテンツも、すぐにホームページにも反映されるようになっています。
このように「ワンソース・マルチユース」ということを意識して、情報発信を整備しています。

 

–竹地さんのこれからの目標はどのようなものですか?–

まちづくりを学んでる学生さんは大勢いるんですよ。株式会社U-Designは元々が大学の研究機関だということもあるんですけど、やっぱりそういう若い人たちが社会に出るための場所を作ってあげるためのきっかけになりたいな、という事はずっと考えています。

ですから、力の続く限り「まちづくり」を継続していきたいなと思っています。今までは、ちょっと、何でもかんでもやりすぎていた部分もあるので、これからは要点を絞って、きちんと「まちづくり」の成功事例になるようにしていく。それが我々がやらなくちゃいけないことだと思っていますし、実現させていきたいですね

[戸越銀座商店街にて]

<了>